和歌山地方裁判所 昭和27年(レ)17号 判決
被控訴人は控訴人に対し、控訴人から金百二十八万七千九百円の支払を受けるのと引換に、和歌山県伊都郡高野町大字高野山二百九十七番地及び同所二百九十八番地の土地四百三十三坪五合九勺を引渡せ。
控訴人その余の請求を棄却する。
訴訟費用は第一、二審共これを二分し、その一を控訴人、その一を被控訴人の各負担とする。
この判決は控訴人勝訴の部分に限り控訴人において金二万円の担保を供するときは仮に執行することができる。
二、事 実
控訴代理人は、原判決を取消す。被控訴人は控訴人に対し和歌山県伊都郡高野町大字高野山二百九十七番地及び同所二百九十八番地の土地四百三十三坪五合九勺の土地を該地上に存在する別紙目録<省略>記載の建物及び物件を収去して明渡せ。訴訟費用は第一、二審共被控訴人の負担とするとの判決並びに仮執行の宣言を求め、被控訴代理人は控訴棄却の判決を求めた。
当事者双方の事実上の主張は、控訴人において本件係争土地の面積は四百三十三坪五合九勺であると述べた外、原判決の事実摘示と同一であるから、ここにこれを引用する。
<立証省略>
三、理 由
真正に成立したことについて当事者間に争いのない甲第一号証、乙第一号証、当審及び原審における控訴人代表者番野光義、被控訴人代表者中迫清治の各本人尋問の結果及び原審証人岡本直人の証言によれば、控訴人は昭和二十一年二月下旬頃被控訴人に対し、和歌山県伊都郡高野町大字高野山二百九十七番地及び同所二百九十八番地の土地約四百三十三坪を、賃料一個月金百円毎月二十五日払いの約束で期間を同年三月一日から昭和二十六年二月末日まで満五年間と定め、被控訴人において該地上に製材工場を建設しこれを経営するために賃貸した事実を認めることができ、右賃貸土地の坪数が四百三十三坪五合九勺であることは被控訴人において明らかに争わずまた弁論の全趣旨から見てこれを争う意向ありとは認められないからこれを自白したものとみなす。
被控訴人は右賃貸期間を五年と定めたのは単に例文的のもので当事者はこれによる意向なく、五年毎に当然更新延長される趣旨であると主張するけれども、その事実を確認する証拠なく、原審証人岡本直人の証言及び原審及び当審における控訴人代表者の本人尋問の結果によれば、右土地は元来控訴人が訴外金剛峯寺から無償で借受けている控訴人寺院の境内地で昭和十九年頃まで控訴人寺院のお堂が建つていたものであるが、戦時中この地に駐留した海軍航空隊のため右お堂が取払われたもので、控訴人寺院としてはできるだけ早く寺院の建物を復旧したいとの念願に燃えていたので、右賃貸借契約を取り結ぶ際にも控訴人は被控訴人に対し期間は一応五年と定めるが、できるだけ早く明渡してほしいと申出で、被控訴人会社の当時の代表者もこれを諒承していた事実を認めることができる。
控訴人は右土地は控訴人の寺院を建立すべき唯一無二の敷地であるから、該土地を他へ賃貸するが如き行為は宗教法人である控訴人の物的存立要素を失うことになり、控訴人寺院の目的の範囲外の行為であるから当然無効であると主張するが、元来宗教法人たる寺院は宗教の教義をひろめ、儀式行事を行い及び信者を教化育成することを主たる目的とするものであるから、その境内地たる土地も右の目的のために使用管理すべきものではあるが、該土地を右目的のため使用管理できないような特別の事情のあるとき臨時に一時的に右目的以外の目的のために使用し、又は収益をあげるため右目的以外の目的のために賃貸することも、また前記目的を達成するための管理維持の一方法であるから、このようなやむを得ない事情あるときはこれらの使用処分は許さるべく、この行為もまた宗教法人の目的の範囲内の行為と認めるべきであるところ、原審証人加藤諦道の証言及び原審及び当審における控訴人代表者の本人尋問の結果によれば、控訴人寺院は終戦後右土地上に寺院の建物を復旧したい念願に燃えていたところ、にわかにその建築資金を得難い事情にあり、たまたま海軍航空隊が戦時中右地上で製材工場を建築してこれを運営しており、その建物や施設が残存していたため一時の便法として、期間を五年と限り、訴外金剛峯寺から製材工場の施設を譲受けた被控訴会社に右土地を賃貸し、且つ該地上の建物を譲渡し該地上において製材工場を建設経営することを承認したものであることが認められるから、右賃貸借の行為は前示説示に照しこれを控訴人寺院の目的の範囲内の行為と認むべきである。
控訴人は右賃貸借契約は控訴人寺院の主管者がその信徒総代の同意及び所属宗派高野山真言宗の主管者の承認を受けずに締結したものであるから無効であると主張し、原審における控訴人代表者の本人尋問により真正に成立したと認める甲第三号証、原審証人加藤諦道の証言及び原審における控訴人代表者の本人尋問の結果によれば、控訴人寺院は高野山真言宗に所属するものであるが、右賃貸借をするに当り同宗派の主管者の承認を得ていないことを認めることができ、また右賃貸借をするにつき控訴人寺院の信徒総代の同意をも得ていないことは当事者間に争いのないところである。しかし宗教法人たる寺院の主管者はその信徒総代の同意及び所属宗派の主管者の承認を得ない場合においても民法第六百二条に定めるいわゆる管理行為、即ち土地については五年の期間を超えない賃貸借をする権能があると認めるべきであるから、控訴人寺院の主管者が信徒総代の同意及び所属宗派主管者の承認なくして締結した前記期間五年の賃貸借は有効に成立したものと認むべきものである。
控訴人は更に期間五年を超えない短期の賃貸借は借地法の規定によりその存在の余地なく無効であると主張するが、民法第六百二条の規定は処分の能力又は権限のない者の賃貸借に関する行為能力を制限し、無能力者及び管理行為の効力の帰属する本人を保護しようとしたものであつて、借地法の規定といえども右民法第六百二条の規定を変革するものでないことは、なお、未成年者や禁治産者が締結した賃貸借は、いかに賃借人を保護し宅地や建物の社会経済的な利用関係を継続せしめる要請が強くても、これを取消し得るのと同様であつて、借地法第二条第三条等の規定は処分の権限のない者の締結した賃貸借には適用なく、期間五年を超えない右賃貸借は借地法の規定にかかわらず有効に成立するものと解すべきであるから、控訴人のこの主張もその理由がない。
されば前記賃貸借契約は有効に成立し、且つ昭和二十六年二月末日をもつて期間の満了によつて終了したものと認めるべきものである。被控訴人は昭和二十五年三月十八日(被控訴人は昭和二十五年三月二十八日と主張するが成立に争いのない乙第五号証によつてその誤謬であること明らかである。)及び昭和二十六年二月二十六日控訴人に対し借地法により契約の更新を請求したから、前契約と同一の条件で更に賃貸借が設定せられたと主張し、控訴人は右更新請求のあつた事実はこれを認めて、借地法第四条第一項所定の更新請求の規定は、控訴人寺院の主管者が信徒総代の同意及び所属宗派の主管者の承認を得ずしてなした五年以下の賃貸借には適用がないと抗争するから、この点に付判断する。およそ民法第六百二条が処分の能力及び権限のない者の締結する賃貸借契約の期間を制限した趣旨は、前段に説明した通りであるところ、この賃貸借に借地法第四条第一項の規定が適用せられ、借地人は更新請求の権利を有し、処分の能力及び権限のない賃貸人はこれを拒絶する自由なく、正当の事由ある場合の外これを認容しなければならないものとすれば、事実上長期賃貸借契約の締結を強要されるにひとしく、民法第六百二条の前示趣意は軽々に没却されてしまうから、同条の賃貸借には借地法第四条第一項はその適用なく、該賃貸借を更新するには民法第六百三条の規定に従い賃貸借満了前の一定の期間内に当事者の合意によるの外なしと解すべきである。然らば被控訴人の右更新請求は何等の効力なく、また当事者間に民法第六百三条の更新の合意が成立したことは被控訴人において主張立証しないところであるから、右賃貸借が更新せられた旨の被控訴人の主張はその理由がない。
而して右賃貸地上に別紙目録記載の建物や諸施設が存在することは当事者間に争いなく、被控訴人は右賃貸借の終了により控訴人に対し、右建物その他の物件を収去して右土地を明渡すべき義務があるところ、被控訴人は昭和二十六年七月三日の本件口頭弁論期日において控訴人に対し、右建物その他の物件を借地法第四条第二項の規定により買取ることを請求し、原審及び当審における控訴人代表者及び被控訴人代表者の各本人尋問の結果によれば、本件土地の前記賃貸借は、前記の如く被控訴人において該地上に製材工場を建設し製材業を経営する目的でなされたものであつて、別紙目録記載の建物及び諸施設は被控訴人において該目的遂行のため建設施工したものであることが認められ、これらの物は被控訴人がその権原に因りて右土地に附属せしめた物であること明らかである。控訴人は本件賃貸借には賃借人たる被控訴人に借地法による買取請求権がない旨主張するけれども、同法が第四条第二項において地上物件買取請求権を認めたのは、宅地の賃貸借の終了によつて該地上の建物その他の物件が撤去せられその効用を失いまたは減殺されることは社会経済上極めて不利益であるので、この無益無用な結果を防止し一般社会の利益を維持しようとする国民経済上の理念に基ずくものであると解すべきであり、この理はその賃貸借が借地法上の賃貸借であろうと民法第六百二条のいわゆる短期賃貸借であろうとその軌を一にするもので、この両者の間に区別すべき正当の理由がないから、本件賃貸借についても借地法第四条第二項の地上物件買取請求権ありと認むべきである。
然らば被控訴人の右買取請求によつて、控訴人と被控訴人間に昭和二十六年七月三日同日の時価をもつて右物件の売買が成立したものというべく、鑑定人加山増一、小池春雄、中西義一及び酒依文五郎の各鑑定の結果によれば右物件の右日時における時価は合計金百二十八万七千九百円と認めるのを相当とする。
控訴人は右買取請求の効果として右物件の所有権を取得し、被控訴人は該物件を控訴人に引渡す義務を負うに至つたものであるが、該引渡義務は控訴人の被控訴人に対する前示代金の支払義務と同時履行の関係に立つので、被控訴人は該代金の支払あるまで右物件の引渡を拒むことができ、従つて該物件の存する本件土地の引渡をも拒絶できる筋合であるから、被控訴人は控訴人に対し、右代金百二十八万七千九百円の支払を受けるのと引換に本件土地を引渡す義務がある。
よつて控訴人の本訴請求は右の限度において正当であるからこれを認容し、その余の請求を棄却すべく、之と異る原判決は失当であるから民事訴訟法第三百八十六条によりこれを取消し、訴訟費用の負担につき同法第九十二条を、仮執行の宣言につき同法第百九十六条を各適用して主文の通り判決する。
(裁判官 万歳規矩楼 宇都宮綱久 小畑実)